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反芻家畜のルーメン細菌叢

 〜大幅メタン削減へのチャレンジ〜

学術指導担当(ウシ) | 北海道大学 小池聡

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反芻家畜が摂取した飼料は第一胃(ルーメン)に生息する微生物による分解・発酵を受け、短鎖脂肪酸や微生物体タンパク質などの栄養源に変換される。ルーメンで産生される短鎖脂肪酸は乳牛では3 kg/日にのぼり、維持エネルギーの70%をまかなっている。したがって、ルーメン微生物は反芻家畜の栄養獲得の根幹を担う存在である。ルーメン微生物は大きく細菌、原虫および真菌に分けられ、それぞれルーメン液 1 ml あたり10^10-12、10^5-6および10^4-5細胞の密度で分布している。微生物は文字通りとても小さく、ひとつひとつの細胞は肉眼では見ることができないが、ルーメン全体の微生物量は成牛では数kgから数十kgにもなる。体重600 kg のウシの肝臓が約7 kgであることと比較すると、細胞集団としてのルーメン微生物の存在の大きさ、すなわち重要性が想像しやすいかもしれない。

 ルーメン発酵では反芻家畜の主要なエネルギー源となる短鎖脂肪酸が作られるかたわらで、二酸化炭素や水素といったガスが生成される。発酵ガス、特に水素の蓄積は嫌気発酵を停滞させるため、ルーメンには水素を効率的に除去する仕組みが備わっている。すなわち、ルーメンではメタン生成や有機酸の還元によって速やかに水素が消費されるが、メタンは1分子で水素4分子を処理できるため、ルーメンから効率よく水素を除去する経路として重要な役割を担っている。メタンは高エネルギー物質であると同時に、二酸化炭素の28倍の温室効果をもつ。したがって、ルーメン発酵で生成するメタンは、飼料エネルギーの損失と地球温暖化への寄与の両面から抑制する必要がある。

近年、気候変動を最小限にとどめる取り組みがより一層求められており、ルーメンからのメタン削減も大きな課題となっている。世界各国でメタン抑制素材の探索が活発になされており、植物や海藻の抽出物、化学合成物などメタン抑制効果を持つ素材が数多く報告されている。当研究室においても、カシューナッツの殻から抽出した液体にルーメンからのメタン抑制効果を見出しており、これを含む飼料が商品化されている。現時点で、飼料添加物などによるルーメンからのメタン削減率はおおよそ10〜30%と見積もられているが、2050年カーボンニュートラルの実現のためにはさらなる削減が必要である。先に述べた通り、ルーメンでのメタン生成は発酵を維持するために備わっている仕組みであり、反芻家畜の生産性を維持しつつメタンを大幅に削減することは容易ではない。現在、当研究室を含む14機関による研究プロジェクトでルーメンからの大幅メタン削減という難題にチャレンジしている(https://anim-func-nutr.agr.hokudai.ac.jp/ms-pj/)。この研究プロジェクトでは、ルーメンでのメタン生成に関わる微生物や水素の動態を徹底的に解明すると同時に、リアルタイムでルーメン発酵をモニタリングするスマートピル(ルーメン留置型の小型センサー)と新規メタン抑制飼料の開発を進めている。得られた知見をフル活用して、メタン抑制効果が最大となる飼料の組み合わせや給与タイミングを明らかにすることで、反芻家畜の生産性とルーメンからの大幅メタン削減の両立を目指している。

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